●県民の方々にもおすすめ
江戸時代末期。欧米の脅威から国を護る必要性を感じていた薩摩藩主・島津斉彬(しまづ なりあきら)は、近代的な武器などを造るための工場群、集成館事業を推進していました。そのため、工場群の動力源となりうる「水」が、どうしても必要となったのです。そこで、もともと築かれていた吉野(関吉)疎水を再整備し、新たな水路を築いて集成館の工場群に工業用水を送る水路を作りました。これが関吉の疎水溝(せきよしのそすいこう)です。
取水口とする巨大な岩を削る道具は無い時代。水路の途中の18箇所のトンネルは、全て手掘りで行ったそうです。
鹿児島市内中心部より車で15分ほど県道25号線を北上する下田町にある。「せきよしの物産館」に車を止め徒歩5分から6分、のどかな田園の景色を楽しみながら歩きます。
道々、この場所を大切にされてきたであろう近所の農家の方が農作業の手を休め畑から手を振っていただいた。
「なんと素晴らしい所なのでしょう!」
見学する前からいっぺんに気に入りました(笑)心も晴れやか天気も最高!。
疏水溝に到着すると遊歩道の先にはグリーンに苔むした岩石の間を清流が勢いよく流れていました。
土日はボランティアガイドさんが案内してくれるようです。鹿児島方言文化協会で毎年お世話になっている近くの吉野中学校の子供たちも都合が良い時はボランティアガイドをしてくれるようです。その取りまとめをしていただいているのが我々の同志、鹿児島方言文化協会の副会長の柴山氏です。
駐車場は物産館を使うので、帰りに少しお買い物もよろしくお願いします。 23418
